第1章

6/115
前へ
/115ページ
次へ
 「たしかに、鳩村さんが指摘されますように、労働条件引き下げに動く企業は少なくないと思います。しかし、金属加工業界全体の維持発展を考えた場合、今ある技能工労働力がそのまま今後も必要となるのではないですか? ロボット化が進んでいるとは言っても人間の手でしかできない部分もあるわけですし、そういった固有の技術を若い技能工たちに伝承していかなければならないという課題もあるはずです。また、これらの固有の技術は、我が国の金属加工業界が発展していく過程で培われてきたものであり、海外からの労働力で補填される性質のものではありません。よって、一時的に労働条件が引き下げられる動きがあったとしても、結局は、必要としている会社に必要とされる技術を持つ技能工たちが再配置される結果になるのではないですか? 言わば、金属加工業界全体での適材配置ですよ。プロ野球でいうトレードみたいな形ですね。そうなれば、需要と供給のバランスの考えと同じで、全体的な労働条件も正常化してくるものと考えますが」  「私も、真中さんの意見に賛成だな。企業側が労働条件の引き下げに動くということは、現在の労働条件が生産性に見合うコスト水準ではないということですよ。業界全体で適材配置が進んだ結果、生産性が向上すれば、労働条件も元に戻るものと考えてもよいのではないですか?」公益委員である光栄大学経営学部教授の戸部も発言した。  戸部の発言に、何人かの委員が頷いた。  周囲からの賛同を得られないもどかしさを表情に浮かべながら、鳩村が反論する。  「そうは言いましても、業界全体での適材配置が実現するという保証は、どこにもないわけじゃないですか!」  「しかし鳩村さん、それを言っては元も子もないのではないですか? ただでさえ、金属加工業界も世界レベルでの競争にさらされているわけです。今のままの高コスト構造を維持し続ければ、そのうち海外企業との価格競争に負けて自然淘汰されてしまうのではないですか? 言わば、座して死を待つだけの状態になりますよ。それよりかは、業界内での技能工労働力の流動化を促して再編を図って行くほうがよいのではないですか?」  真中が、早口でまくし立てた。
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加