第1章

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 「鳩村さんのおっしゃられる懸念は、どの業界でも同じことなのですよ。とにかく今は、国全体でどう対処するかということを考えていかなければならない状況なのですから」労働者代表委員の口からも鳩村のことを諭す発言が飛び出した。  その後も、白熱した議論が続けられた。大勢に押されるように、鳩村の発言のトーンが弱くなる。  鳩村自身も、他の委員が主張することを頭では理解していのだが、自分の発言一つに何万人もの技能工職人の生活が掛かっているというプレッシャーから、妥協点を見い出せずにいた。  最終的に、鳩村が労働基本法廃止を視野に入れた組合幹部との最終意見調整を行うという発言を行い、鳩村を巡る議論は終了した。  鳩村に続いて、全国非正規雇用ユニオン会長の滝本が発言に立った。  全国非正規雇用ユニオンは、パートタイマーや契約社員など非正規雇用者の処遇改善を目的として三年前に結成された全国組織であり、滝本は初代会長に就任した。滝本自身、シングルマザーという立場で非正規雇用の苦汁を味わってきたため、一人息子が巣立った現在、ユニオンの会長職として非正規雇用者の処遇改善に心血を注いでいた。  滝本は、労働基本法廃止議論の中で、再三再四、非正規雇用者の雇い止めの問題を説いていた。  労働基本法が廃止となり、企業側がコスト削減を見据えて自由な雇用政策を打ち出せる状態になった場合、真っ先に非正規雇用者の雇用が打ち切られるのではないかと危惧していた。もともと雇用の調整的な役目があることに加えて、満足な企業内教育を受けていないことも、非正規雇用者の立場を弱めている。  そのような滝本の懸念に対して、他の委員たちは、労働基本法が廃止された場合、正規雇用者と非正規雇用者との垣根が無くなり、結果として非正規雇用者の雇用拡大につながるのではないかという見解を投げかけていた。この見解には、国内企業が世界間での競争に打ち勝ち、収益性が改善された場合、非正規雇用者に対する総体的な処遇改善が実現されるのではないかという考えも含まれていた。  手元に置いたメモに視線を落としながら、滝本が発言を続ける。
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