第1章

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 労働政策審議会としての見解がまとめられた。企業の国際競争力を高めるために労働基本法を廃止にする方向が望ましいという提言を厚生労働省に対して行うことになった。  同時に、労働契約について定めた法律についても廃止するべきだという見解も併せ持った。  ただし、労働者の安全衛生を確保するために定められた法律はそのまま存続させ、労働者に対して肉体的、精神的損害を与える行為や労働者の権利を侵害する行為について規制する根拠を明確にするべきだという見解も提言の中に盛り込まれることになった。  そのような見解のもと提言書が作られ、労働政策審議会会長の山月を通じて山岡厚生労働大臣に手渡された。  その年の十月八日、総理大臣官邸閣議室で、全国務大臣が一堂に会した定例閣議が催された。  一週間前に臨時国会が閉幕し、今国会はこれで終了となったが、来年一月に開幕される通常国会へ向けて、内閣としての見解をまとめておかなければならない事案が山積していた。次の通常国会では、税制改革法案や防衛大綱を始めとして、野党とのせめぎ合いが生じることが予想されたからだ。  大泉総理大臣が席に着き、閣議が始められた。大泉が、大臣たちの意見を聞きながら見解をまとめていく。  テーマが労働基本法廃止に移った。労働政策審議会からの提言書は、すでに大泉総理大臣以下全閣僚の手に渡っている。山岡厚生労働大臣が、議論の口火を切った。  「総理。労働基本法の件ですが、経済界からも散々突かれていましてね。次の通常国会会期中に廃止に関する法案を通して、早期に施行して欲しいという要望が強まっています」  「そのようですね。昨日の経連団会長との会食の席でも、その話が出ましたよ。審議会の提言書も目を通させてもらいましたが、相当長いこと議論していたみたいですね」  大泉が、目の前の提言書を手で叩いた。提言書は九十二ページからなり、製本された状態で配布されていた。  チラッと提言書に目をやった山岡が、労働者側からの理解も得られていることを強調する。  「ええ、一部の労働者代表委員からの根強い反対意見もあったようですが、総論賛成各論反対の世界だったみたいでして、最終的には、どの組合も理解してくれたと聞いております」  「そうですか。私も次の通常国会内での廃止法案成立を目指したいと考えていますが、みなさん、どうですかな?」大泉が大臣たちの顔を見渡した。
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