若手教師(脇役)武蔵野は、プロローグを語る。

4/9
112人が本棚に入れています
本棚に追加
/103ページ
すぐさま後ろを振り返り、綺麗に書かれた”入学おめでとう!”の文字を黒板消しで丁寧に消していく。 昨日、係の子が一生懸命書いていたことを思い出すと、少々心が痛むものの、必要なのことなのだからしようがない。諦めて欲しい。 静まる教室に、チョークの削れる音が響く。自身の名前を黒板に白線で刻むと、僕は再び彼らと向き直った。 「そしてこれから1年間、君達の担任になる武蔵野 英雄(むさしの ひでお)です。担当は数学。他の学年の先生からすれば僕も皆さんと同じ、ひよっ子教師なわけですので、分からないことがあったら遠慮しないで気さくにどんどん聞いて下さいね」   常套句ににこりと微笑みを添えて、僕は一旦自己紹介を終える。 さて、どうするか。 僕が言葉に詰まっている間も、彼らの32対の瞳はしっかりと僕を捕らえていた。 起床してから、今自己紹介に至るまでの間、一応考えてはいたのだけれど、結局、何を話そうか決まらずじまいでここまできてしまった。 あの人だったら、僕が困ってるのをひととおり眺めた後、ジョークのひとつでも言ってひとまず場を和ませてくれそうなもんだけど。 残念ながら。僕の側にはもう、あの人はいない。 半人前の僕を、いつもダルそうに、だけど親身になって助けてくれたセンパイの姿はここにはない。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!