若手教師(脇役)武蔵野は、プロローグを語る。

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「僕はそれを埋める手伝いをしたい。手垢がついて貢の隅が膨れ上がるくらいに読み返したくなる素敵な愉しい物語を、その胸に綴って卒業してもらいたい」   だけど伝えたい、伝えなきゃならない。 僕が経験したあのハチャメチャな、けれど確かに現実にあった、あの日常。それを彼らに知ってもらって、すこしでもこの世界に希望を持って過ごしてもらいたい。 この世界は楽しいもので満ち満ちていると、感じてもらいたい。 「昔は僕もその青春ストーリーの主人公(ヒーロー)だった。だけど今は君達がそうだ。思う存分、その若く溢れる活力を己の青春に存分に注ぎ込んでくれ!」 僕の熱意ある演説に、生徒達は全員感極まってスタンディングオベーションを‥‥‥しない。 まあ、それが通常の反応だ。逆にこのテンションについてこれたなら、僕にとってそれはあの人達以上の脅威になりえたことだろう。 きょとんと目をまんまるに丸くする生徒達に、反射的に左の口角が上がる。まったく、あの人のお陰で笑い方も嫌らしくなったな。 「とまあ、唐突にこんなことを言われても混乱することは、勿論重々承知の上だ。なので」 さあ、流石の優柔不断な僕でもここまでくれば、何を話すべきなのかは決められる。 ちらりと手首に巻きついた腕時計に目をやれば、入学式の移動まで30分ほどの猶予があった。 これならプロローグを語るのに、ぎりぎり足るだろう。
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