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「はい、桐谷です」
私は携帯を耳に貼りつけ、反射的に背筋を伸ばした。
『…ああ、私…だ』
室長の声が遠い。
そのくせ、すぐ隣では学生と思われる若い男女が大声で盛り上がっている。
私は携帯の送話口を抑えて野崎さんに断りを入れた。
「ごめん。室長の話が聞こえないから、ちょっと向こうでしてくるね」
「うん、待ってる」
私は急いで席を立って、一度店の外に出た。
「すみません、騒がしくて」
『まだ…彼女と一緒なのか?』
「はい。私のせいで始めるのが遅くなっちゃって…」
『そうか。…あ、電話したのは…こっちはもう、解放されてね』
「…え。随分早いですね?いつもはもっと…。あ、会長…」
『そう、会長は飲み過ぎ厳禁だからね。先方も気を遣ってくれてる。君にも会いたいって言ってたよ。「今日は美人秘書はいないのか」って半分がっかりされたよ』
室長はお酒が入っているせいか、少し大きな声で笑いを交えて話していた。
『まだ…彼女と一緒なら、俺もこれから行ってもいいかな?』
大きかった声が急に小さくなった。
室長ってば…
…かわいいところもあるのね。
来てもいいどころか、ぜひ来て欲しい。
…彼女のために。
そしたら私は退散しよう。
「はい、ぜひ来てください!」
今度は私の声が大きくなっていた。
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