ボーダーライン - 判らない

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「そんなに顔を赤くしてどうしたの? 照れてるの? 僕のことが好きなの?」 「ちがっ……」  上目遣いで不敵な笑みを浮かべる遥にあたふたし、思わず後ずさろうとするが、後ろは壁で一歩も下がることはできない。掴まれた手首を振り切ろうとしてもビクともしない。さらに遥はもう片方の手を山田の肩に掛けて、まるで寄りかかるかのように密着してくる。そして--。 「!!」  あろうことか、彼自身の唇を、山田の唇にためらいもなく押し当ててきた。あたたかく、柔らかく、吸い付くような生々しい感触。あまりのことに頭が真っ白になり何も考えられない。  やがて、そっと唇が離れた。  掴まれていた手首も解放され、山田はガクガクと膝を震わせて崩れるようにへたり込んだ。そこがトイレであることなど考える余裕もなかった。倒れかかった上体を支えるように左手を床につく。その手首にはくっきりと指のあとが残っていた。 「少しはわかった? 勝手に好きだと決めつけられて、無理やりキスされるのがどんな気持ちか」  頭上から降ってきたその声に、山田はおそるおそる青白い顔を上げる。自分をじっと見下ろす遥のまなざしは、蔑みに満ちた冷淡なもので、その威圧感に全身から汗が噴き出すのを感じた。おそらくこれは報復であり警告だ。澪に近づくことは許さないという強烈なまでの意志を感じる。それだけのために、同性である自分にキスまでしてきたのだから--。  遥は素気なく背を向けて去っていく。だが、出入り口の前で立ち止まると、扉に片手をかけたまま振り返った。 「何か不便があったら、澪じゃなく僕に言ってよ。何でもしてあげるから」  そう言って、まるで挑むようにニッと笑う。  自分に向けられたその艶然とした表情に、山田は身震いとすると同時に、自然と鼓動が高鳴っていくのを感じた。またしても顔が紅潮していく。しかし、遥はそのことに言及しようともせず、無愛想に男子トイレをあとにした。
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