ボーダーライン - 妹のため

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「帰るよ、圭吾」 「おう」  骨折をしてから三週間が過ぎた。  遥はずっと変わることなく山田の世話を焼いてくれていた。帰りも家の前まで送ってくれる。途中で本屋やCD店に寄っても嫌がらずについてきてくれた。相変わらず会話はあまり盛り上がらないものの、時折ふっと笑みを浮かべてくれることもあり、ずいぶんと距離が縮まったように感じていた。  けれど、この時間も今日が最後になるかもしれない。 「……遥」 「何?」  隣を並んで歩いていた彼は、少し顔を上げて漆黒の瞳でじっと見つめてきた。この仕草にはいつもドキリとさせられる。次第に顔が熱を帯びていくのを感じながら、微妙に視線を外して言葉を継ぐ。 「あのな、俺、あしたギプス外せるかもしれない」  明日、病院で検査をして問題がなければギプスを外すことになっている。途中経過も順調だったのでほぼ大丈夫だろうということだ。 「そう、よかったね」 「ありがとうな」  山田は多少の照れくささを感じながらも、率直に礼を述べる。 「今まで遥がいてくれたおかげで本当に助かった。おまえのノートすごくきれいで見やすかったし。あ、ノートだけじゃなくて……えっと……」  上手くまとまらず言いよどむが、遥は意を汲み取ってくれたように小さく微笑んだ。彼のこんな顔を知っている人は少ないんだろうな、と思うと無意識のうちに優越感が湧き上がってくる。  しかし、これからはいつも一緒というわけにはいかない。  骨折が治ってしまえば、彼がこうやって自分に付き添う意味はなくなる。だとしても、彼との関係は断ち切りたくなかった。ときどきはこうやって一緒に帰りたいし、話をしたいし、笑顔を見せてほしいと願っている。彼も同じ気持ちだと信じたい。 「なあ、今日ウチに寄っていかないか?」 「僕は帰るよ」  家の近くまで来たところで勇気を出して誘ってみたが、あっさりと断られた。寄っていたら遅くなると思ったのだろうか。財閥の息子なので門限が厳しいのかもしれない。 「いつか、休日でもいいから来てくれよな」 「そうだね」  彼は愛想のない声で答える。本当にそう思っているのかは今ひとつ定かでないが、しつこく追及するのも憚られ、彼の横顔を見つめながら来てくれるよう祈るしかなかった。
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