ボーダーライン - 砕けた心(最終話)

4/8
33人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
「それ誰だよ! ぶっとばす!!」 「もう終わったことだし言わないよ」  富田はこぶしを握りしめて熱く憤慨していたが、澪はさらりと受け流した。しかし鳴海は追及をやめようとしない。 「もしかしてあの保護者?」 「……師匠は違うよ」 「じゃあ同じ学校のヤツ?」 「だから言わないってば」 「綾乃、しつこいよ」  どうにか澪から答えを引き出そうとする鳴海を、遥が隣から窘める。それでも彼女は素直に引き下がらなかった。意味ありげに横目を流しつつ口もとを上げる。 「遥、あんたいいかげん妹離れしたら? このまま澪の世話ばっか焼いてたんじゃ、一生誰ともキスできないんじゃない?」 「余計なお世話。キスくらいしたことあるし」 「……えっ、えええええ?!!」  鳴海だけでなく、その場にいた全員が目を丸くして遥を見た。澪のとき以上の猛烈な追及が始まるが、彼は素知らぬ顔で無視するだけである。そのうち鳴海が出任せではないかと疑い始めた。しかし、山田にはそれがまぎれもない事実だとわかっている--相手は自分なのだから。心臓がドクドクと激しい鼓動を打つのを感じながら、硬直して立ちつくす。 「そろそろ師匠が迎えに来る時間だよ、行こう」  遥がちらりと腕時計を見て声を掛けると、澪は頷いて立ち上がった。その表情は怪訝に曇ったままである。遥のキスの相手が、経緯が、気になって仕方ないのだろう。鳴海、野並、富田も奥歯に物がつまったような顔をしていたが、もう無駄だと悟ったのか問い詰めることなく口をつぐんでいた。 「あっ……」  半開きの扉からぼんやりと眺めていたら、こちらに向かって歩き出した遥と目が合い、思わず小さな声をもらす。彼は少し驚いたように目を大きくしたが、すぐにもとの無表情に戻って澪に振り返る。 「用事ができたから先に帰って」 「えっ、用事?」  それには答えることなく小走りでこちらに駆けてくると、とっさに扉の陰に隠れた山田を見つけ、何も言わず手首を鷲掴みにして強引に廊下を走り出す。山田はわけもわからず、ただ遥に引っ張られるまま足を進めるだけだった。相変わらず白くて細くてきれいな手だなと思いながら--。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!