ボーダーライン - 砕けた心(最終話)

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 気付けば、技術実習室の前にいた。  この先は行き止まりになっており、放課後にこんなところまで来る生徒も先生もめったにいない。しんと静まりかえった中に、少し息の乱れた山田と、息ひとつ乱していない遥だけが立っていた。  ずっと握られたままだった手首が解放される。  そのごく近い距離のまま、遥は感情の読めない瞳でじっと見つめてきた。中学一年生のときよりも身長差が大きくなっていることを実感する。彼もあのときより背は伸びているはずだが、むしろ小さくなっているように錯覚しそうだった。顔は昔よりも幼さが抜けていっそうきれいになった。男子に言うのはおかしいかもしれないが、それ以外に形容しようがない。白いなめらかな肌も、大きな漆黒の瞳も、形のいい薄い唇も……唇……ドクドクと心臓が痛いくらいに暴れ出す。頬は上気して熱い。 「話、聞いてたよね?」 「え……あ、いや、盗み聞きじゃなく通りかかっただけで……」 「あれ以上は言わないし、名前を出すつもりもない」  遥はあたふたした山田の言い訳を遮り、毅然とそう告げると、わずかに表情を硬くして言葉を継ぐ。 「だから、澪とのことは黙っていてほしい。約束を破っておきながら勝手だけど」 「いや、むしろバラされて困るのは俺の方だし、頼まれなくても言うつもりなんてない」 「そう、よかった」  その声から安堵が伝わってきた。  山田が澪に不意打ちでキスをしたことも、澪が山田を突き飛ばして骨折させたことも、双方の合意で誰にも話さない取り決めになっていた。山田としては名前が出ていないので約束を破られたとは思っていないし、たとえそうなるのだとしても自分から吹聴するメリットは何もない。少なくとも、女子から冷たい目で見られることは間違いないのだから。 「僕のことは好きにして構わないから」 「好き、に……?」 「言いふらしてもいいよってこと」  一瞬、あらぬ勘違いをしそうになってドキリとしたが、遥が男子トイレでキスしてきた件についてのようだ。まぎらわしい言い方しやがって--と内心で悪態をつきつつ、ほっとしたような残念なような微妙な心持ちになる。
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