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「加藤が部活を休むなんて、珍しくない?」
「――たまにはね。……ともの方こそ、いつも図書室で悠介を待ってるんだ」
「うん。時間も潰せるし、家に居る時よりも勉強はかどるし」
窓の外から、ボールを打ち返す乾いた音が聞こえる。運動部の部員たちの掛け声も、この図書室の静けさの妨げにはならない。
ともは美術資料の誌面から顔を上げると、何かを思い出したように笑った。
「でも、ここに来る前の腹ごしらえは大切だよ。お腹が鳴ると響き渡っちゃうからさ」
その屈託のない笑顔を見ていると、自分の置かれている状況がますます悪く思えてくる。
男女どちらからも好かれ人間関係は良好、成績も悪くない。優しい心根が表れたかのような容姿をもち、いつも傍にいてくれる幼馴染をもつ。
この友人には悩み事なんて無いんじゃないか。
もしそうだとしたら、どんなに羨ましいか。
「――――何かあった?」
「……何もないよ。どうして?」
顔を覗き込まれそうになって、何事もないふりで隣の席に座った。机一面に広げられた美術資料の中から、パステル調の睡蓮の絵が見える。とものイメージにぴったりの画風だ。
「だって、いつもの加藤と様子が違う」
「そうかな…………」
あの人が、待ち伏せている気がした。
この校舎のどこかで僕を捜している。
会いたくない。顔も見たくない。
あの人の世界に自分が存在している、それだけで身の毛がよだつ。
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