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中学三年の時に参加した、高校の部活動見学会。
第一印象は鮮烈だった。
各クラブ紹介が体育館で順調に進められる中、バレーボール部にだけ問題が発生した。
ユニフォームに身を包んだ部員たちのデモンストレーションが終わると同時に、長身の男子生徒がどこからともなく乱入してきたからだ。
館内が静まり返る中、ネクタイ姿のその男は、頭上高くバレーボールを放ち、力強い踏み切り後に信じられないほどの跳躍を見せた。
遠く離れた僕の位置にまで、空気の振動が届きそうだった。
弓のようにしなる美しい身体の曲線。
制服の上からでもわかる逞しい体躯は、僕たちの視線も、重力も、無視する。
滞空時間の長さに震えるほど興奮を覚えた次の瞬間、体育館が笑い声に包まれた。
その生徒は、ボールを打つことはおろか、触れることすら出来なかったからだ。
顧問らしき教師と部員に連れ出されて行く場面も含め、仕込みだと思った人も多かったのだろう。それくらい体育館は盛り上がった。
行き場のない胸の高鳴りを落ち着かせようと俯いた先には、強調された床のラインが引かれていた。
ふいに息苦しさを覚え、教師に断って外へ逃げ出した。
頭の中に焼きついた映像を繰り返し流しながら、新鮮な空気を吸い込む。
青くさい香りに吸い寄せられるように足を進めた先には、グラウンドに沿って続く芝生の斜面があった。
そこには、先客がいた。
左腕を枕に寝転び、空を眺める制服姿の男子生徒。
お腹の上に乗ったバレーボール。
何かを必死に抑え込んでいるような横顔が見えた瞬間、その生徒の正体がわかった。
心の声が届いたのか、男が焦点を僕に定める。
「……なんだ、中学生か」
「は、はい」
「入学前に、もうサボリか? ……悪い子だな」
そう笑って視線を空に戻した男のことを、どうしても忘れることが出来なかった。
生まれて初めて、家族の反対を押し切った。本命だった高校を蹴って、ここに入ると決めた。
僕は、あの男が……、当時まだ高校一年だった滝川先輩が、本気でボールを打とうとしていたんじゃないかと、今でも信じている。
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