01

2/2
前へ
/104ページ
次へ
 石積み塀に沿ってしばらく進むと、ぐっと緑の香りが濃くなる。  門扉をくぐり、昼間でも薄暗く感じる庭園を抜けると、明治大正に迷い込んだような家が見えてくる。  歴史ある日本家屋といえば聞こえはいいが、夏は暑く冬は寒い、無駄に広いだけの家だった。 「ただいま」 「晴午、ちょうど良かった。本家から電話なの」 「……今行く」  玄関まで迎えに来た母の硬い声が、僕の全身に伝播する。  深呼吸して、受話器を耳にあてる。 「おばあちゃん、久しぶり」 『――その声、晴午さんなの? ……元気にしていた?』 「うん。おばあちゃんは?」 『私は元気ですよ。それよりも、ちゃんと生花に触れているの?』 「――――はい」 『そう。それなら良いの。夏休みには、こちらに遊びに来るんでしょう』  受話器越しの祖母の声は、相変わらず力強く、重い。  僕への期待を包み隠そうともしない。  電話を切ると、どっと疲労感に襲われる。  一秒がこんなにも長く感じられるのは、祖母の声によって神経が研ぎ澄まされていくから。  部屋の引き戸を開け、足元に注意を向ける。 『敷居や畳のへりを踏んではいけませんよ』  祖母には、いつも注意されていた。 『何度言ったらわかるの』 『わざと私に言わせているのね』  僕の名前を呼んだ後には、決まって何かしらの小言がついてくる。  注意力散漫な幼い頃は、畳の多い家の中を歩くのが苦痛だった。下を向いて歩く癖がついたのは、祖母のせいなのかもしれない。  横断歩道も、教室のフローリングも、グラウンドのラインも、意識せずにはいられなかった。  息苦しさを感じる時、あの人を初めて見た日のことを思い出す。  一度でいいから、僕も滝川先輩のように高く跳んでみたかった。  何ものにも縛られず自由に生きられたら、きっと僕の世界も違った景色が広がっていくような気がした。
/104ページ

最初のコメントを投稿しよう!

103人が本棚に入れています
本棚に追加