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「初めてだとは知らなかったんだ。痛かっただろ? 言ってくれれば、それなりに手加減したのに」
「自己紹介の時に言いました」
「ごめんね」
まさか滝川先輩に介抱されることになるとは思わなかった。
水飲み場の排水口に、血の混ざった水が吸い込まれていく。鼻血を出したのは小学生以来だ。
洗礼なのか、先輩たちの練習相手に新入部員が一人ずつ指名された。
バレーボール経験の無かった僕の顔面に、ノーブロックのスパイクが直撃。この有様だ。
「あんなに挑戦的な目をされたら、こっちも応えてやらなきゃって思っちゃうでしょう」
そんなつもりで滝川先輩を見つめ返したわけじゃない。
もう一度会えたことが、こうやって一緒に練習出来ることが本当に嬉しくて、つい目に力が入ってしまっただけだ。
胸のあたりを凝視され、血でも飛び散っているのかと思ったが、名前の刺繍以外に目立つものは見当たらない。
「お前、加藤っていうのか。……もしかして、お兄さんいる?」
「はい」
「まさか、お兄さんもバレー部だった……とか」
「はい」
「うわっ! それ先に言ってよ」
「自己紹介の時に言いました」
「ごめんね……本当に」
あの怖いお兄さんには内緒にしてと、小声でお願いをされた。
新入部員である僕の自己紹介を憶えていないことも、それ以前に名前すら憶えてもらえていないことも。
僕が一番最初に憶えたここの生徒の名前が『滝川静臣』だということも、あの人からしてみれば、どうでもいい話だ。
自分の存在の小ささは自覚している。
あの人の世界に自分が存在している、それだけで充分だったのに、滝川先輩から告白されたのは、ちょうどこの事件が起きてすぐの事だった。
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