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「……また、逃れようとしたか。
おとなしく、ベッドで待っていれば、いいものを――」
月の光の化身のような、冴え冴えとした美しい顔を少し曇らせて、男はそう、つぶやいた。
けれども。彼の腕の中に収まっている、アンジュの耳に届いたかどうかは、わからない。
彼女は相変わらず、焦点の合わない蒼い瞳を見開き、全身の力を完全に抜いて、男に抱きあげられるままになっている。
アンジュの人形のようにのけぞった、白い首筋にそっと口づけて、男はため息をついた。
「……愛しい、アンジュ。
お前のために、私はここに存在するのに、当のお前は、眠ったままか……?
もう、私を呼ぶ力も……声もないか?」
とさ……っと。
絹のカーテンが周りを覆う、豪華で広々としたベッドの上に、アンジュの細く儚いカラダを置いて、男は低くささやいた。
「……せめてお前の声が、聞きたい。
クロワール、と新しい私の名を呼べ、などと、贅沢は言わない。
喘ぎ声でも、呻き声でも……泣き声でもいい。
お前の奏でる歌声を、どうか、私に聞かせてくれ……」
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