過去へと還るも似て非なる

10/15
前へ
/70ページ
次へ
「…………かつて」 情斬を肩から下ろし、地面に突き立て、その上に両手を重ね合わせる。 「かつてフローディア王国は花々に囲まれていた。"妖精の国"と、人々に愛されていた」 今とは違う光景が広がる窓の外を見つめ、外で咆哮を放っている雁金に止める様目で訴える。 「そして何時しか本物の妖精たちが現れ、住まわせて欲しいと姫に願い出た」 「そうしてこの国にキルシュバウムと云う名が付けられた。『桜の妖精』と呼ばれた姫が居たからだ」 面影すら見えない荒れ果てた大地が、如何にこの国が杜撰(ずさん)な管理をされて来たかを物語る。 妖精がその姿を見せる事すら叶わなくなってしまったのも、良く分かる。 争いは空気を穢し、心をも歪ませる。 その結果が闇堕ちだ。そうなる前にと、あの方なら避難させたのやも知れない。 「しかしその幸せは長くは続かなかった」 「まさか……」 「まさかもクソもねぇよ。お前の大好きなお父様があの方を脅し、民を守る為にあの方は姿を消した」 優しい魔法を使う人だった。 わたくしの力はすべてを癒すために使いたいのです。 あの方はそう言って姫様に別れを告げたのだと、後々聞かされた。 誰かに奪われる前にと、せめて自分の手で終わらせてやりたいと姫様は仰り、今敵国として立ちはだかっている次第だ。 「誰にも知られない真実があった。それは、穢れの煽りを一番に受けたこの国の象徴たる桜の木を護ろうと"自らを贄として捧げた"姫の物語」 今、俺にはあの方の真実が見えていた。情斬がそれを教えてくれる。便利で残酷な力だ。 「自らを…………贄として」 「あの方の魔法は全てを癒したよ。民も、花も、そしてその桜の木も。それが此処の庭に咲くあの木だ」 美しい花をつける桜の木があそこまで美しいのは、あの方を喰らったからか? 「だから……俺はこの国を滅ぼす」 空気が一瞬で凍り付く。セイラ姫の手を汚させる事なんて出来ない。 仲間を殺す苦しみを、俺はよく知っているから。 想像を絶する痛みだ。いっそ死にたいとすら思える程の、胸を裂く痛みだ。
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!

97人が本棚に入れています
本棚に追加