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俺はついこの間まで勇者だった。たった三年前の事だ。勇者として異世界に召喚された頃、俺はまだ十歳のガキだった。
「お疲れ、久佐野くん」
「お疲れ様です」
あれから七年の月日が流れ、俺は十七になったが、如何せん学が無いのでこうして働きに出ている。
その傍ら夜間学校に通い、空白の四年間どうにか埋め、ようやっと止まっていた時計の針を進め始めた所だ。
「二人とも、下がって!!」
大学に進む道も考えたが、現在の貯蓄では心許無いし、何より今の生活が気に入っていた。
それに向こうで過ごした三年間も決して無駄じゃない。こんな世知辛いご時世には普段の生活で役立つこともあるのだ。
例えば、こんな場面で。
「全員一歩も動くな!!殺されたくなきゃ金出しな」
不景気な上に就職難で、自分の人生を台無しにするような馬鹿は少なくない。
よもや自分が勤務するコンビニに強盗が入ってこようとは思っても見なかったが。
「分かった、金は出す。通報もしない。だから彼らには一切危害を加えるな」
店長がピアノ線の如く張り詰めた空気の中、慎重に言葉を選んで俺達に逃げるよう視線を送る。
しかし丸腰の人間相手に武器を持って対面する事でハイになっている男は、あろう事か俺の隣で怯える同僚の木高(こだか)さんに標的を定めた。
「……ひ、」
ひゅ、と木高さんの喉から恐怖が滲む渇いた空気が漏れ出す。動くに動けない店長が肩を強ばらせた。
大方、ナイフという凶器を振り翳す自分は最強だ、なぞ酔狂な夢を見ているんだろうが、俺は微塵も恐怖など感じていなかった。
人間如きに出来ることなぞ高が知れている。要はこの男は俺にとって脅威でも何でもないという事だ。
「店長、木高さんも。そこに居て下さい」
押し込んだ二人が出て来ないよう、警告の代わりに態と音を立て、カウンターの出入口を閉め、被害が及ばないよう両者から距離を取る。
「久佐野くん…ッ!?駄目だ!!逃げ――」
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