第4章 トンネルの中のくらげ -2-

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  浅葱はきっと、七城桔平に惹かれていたんだと思う。そうでなければ、彼から貰ったカチューシャをこうも大事に毎日身につけているはずがない。議論の余地が無いほどの決定打なのだ。 そして、それは同時に、彼がこの世に生きた唯一の証だ。 アサギマダラなんてマイナーな蝶をわざわざ見つけて来た事も、このカチューシャが非の打ちどころが無いほど浅葱に似合っているのも、それだけ七城桔平という俺の従兄が浅葱に抱いていた想いが大きかったという証だ。 七城桔平は、虚在化した。死んだのではない。 死んだのならば、それは乗り越えて行くべき壁だろう。彼の存在を胸に刻み、彼の分まで精一杯生きる事が何よりの弔いになるだろう。 でも、七城桔平は虚在化してしまったから。この世にただ一つの痕跡も残さずに初めから居なかったことになってしまったから、俺はその存在を乗り越えられない。乗り越えようにも記憶が無い。  
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