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弔う事すらできないままに浅葱の中から彼の居場所を奪うなんて、俺にはできない。いずれ彼と同じ道を辿る身で、できるはずも無かった。
列車は既に市街地を抜け、山裾に広がる田園地帯にさしかかっていた。八月初旬、まだまだ高い気温と湿度の恩恵をいっぱいに受ける稲穂の合間に、古びた家屋がひとつふたつと、まばらに車窓を流れて行く。
ばこーん! と、何かが顔面に衝突して我に返った。ふんがっ、とか間抜けな声が鼻から漏れたような気がする。振り向けば水母がケタケタと笑いながら水着の入ったビニールケースをぶんぶんと振り回していた。何やってんだ、というか何しやがる。
「だ、大丈夫……?」
と、浅葱が心配そうな表情で、鼻を抑える俺の顔を覗き込む。肩から滑り落ちた長い黒髪が左手の甲へ触れて、それだけでぴくりと震えてしまうくらいにくすぐったかった。
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