1.優しい時間 

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自宅に向かう坂道を車で上りながら、 有香が咲へと今後のスケジュールを伝える。 チラリと横に覗き見る咲は、 少し寂しそうに映った。 「咲ちゃん、関係者パス手渡しておくから  来れるときは顔出しなさいな。  その時は、事前に私の携帯に連絡貰えると嬉しいわね」 そう言うと、有香は自宅前に車を停車させて 鞄の中から封筒を取り出して、咲へと手渡した。 「有難うございます」 戸惑いながらも封筒を受け取ると 咲はお礼と共にお辞儀した。 「有香、有難う。  明日は咲の学校へ。  久しぶりに、咲と一緒に歩きたいから」 「わかったわ。    なら七時半に、  聖フローシアの校門前に迎えに行くわ。  おやすみなさい」 有香はそう言うと、目の前で車をターンさせて 来た道を帰って行った。 「「ただいま」」 二人揃って、玄関を開けると すでに咲久は眠っているみたいだった。 咲久の夜は早く朝も早い。 咲久を起こさないように、 二階へと駆け上がると、 ボクの部屋で、ギュっと咲を抱きしめる。 寂しそうな咲を 少しでも早く笑顔にしたいから。 「大丈夫だよ。  和鬼、心配かけて御免。  和鬼のYUKIの仕事も大切な時間だって  ちゃんとわかってるから。  和鬼が仕事で居ない間も、  私には……テニスもあるし、司も居るし  YUKI仲間の一花先輩もいる。  それに……習い始めたお箏もある」 心配かけないように、 そう言ってボクに告げる咲の言葉。 「有難う。  LIVEが始まっても、  ちゃんとボクは帰ってくるよ。  暗闇に紛れて影を渡ってでも。    ボクは何時も、咲の傍にいるから」 「……うん……。  和鬼が優しいのは、  ちゃんと知ってるから」 そうやってボクに笑いかけてくれる 咲にゆっくりとキスを降らせて 少しだけ鬼の力を流し込む。 不安から不眠になりそうな咲を 穏やかに眠らせてあげたいから、 少しだけ安らぎの夢をあげる……。 流し込んだ鬼の気がすぐに作用したのか、 咲は寝息をたてながら脱力した。 咲を抱え上げて、 ボクの部屋のベッドへと横たわらせると 窓を開けて、ベランダから 闇から闇、影を渡って御神木へと向かった。 ここから先は、夜の時間。 人の姿を解いて、本来の姿を戻ると 桜の回廊をゆっくりと開いた。
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