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そんなことを思いながら、
ボクは桜鬼神としての務めを今宵も果たす。
丑三つ時を少し過ぎた頃、
再び桜の回廊を渡って、
ボクは自室のベランダへと飛んだ。
和鬼のままで、
部屋へと帰り着くと
そのまま咲の眠る隣に
ボクの体を横たえる。
衣擦れの音が夜に響く。
一定のリズムで響いてくる
咲の寝息。
咲の寝息を子守唄に
ボクもゆっくりと目を閉じた。
咲が生きている証を
ゆっくりと胸の中に抱きながら。
今は穏やかな寝息も、
耳を澄ますとボクの聴覚に
ダイレクトに響いてくる咲の拍動も、
やがては……失われ崩れていくもの。
人の世界と鬼の世界。
時の進みは
あまりにも違いすぎて。
あの永(なが)の孤独に凍りついた時間(とき)が、
再び訪れることに対する恐怖のカウントダウンは
優しい今も刻み続けられる。
そっと手を伸ばして咲に触れる。
咲の温もりが指先に触れて
ボクの中を満たしていく。
「うん?」
もぞもぞと少し動いて
咲の瞼が震える。
閉ざされていた瞳が
ゆっくりと開いてボクを捕える。
布団の中から咲の両手が伸びてきて
ボクを柔らかく抱く。
「どうしたの?
和鬼、寂しそうな貌(かお)をしてる」
相変わらず鋭い切り込みで
柔らかな言の葉(ことのは)を降らせてくる咲。
「……咲……」
名前を紡いで、
ゆっくりと唇を重ねる。
甘やかな時間が過ぎていく。
酸素が薄くなって
クラクラっ意識が遠のきそうになる頃
互いの唇がゆっくりと離れる。
二人を繋ぐ透明な糸が
すーっと細く消えていった。
「こらっ。
悪戯っ子、和鬼。
ホント和鬼って一緒に暮らし始めると犬みたいだよね」
ボクの腕の中、クスクス笑う咲。
そう……この時間は
ボクを優しく包み込んでくれる。
不安なんて
何もないはずなのに。
ボクはその先の未来を
見つめてしまう。
咲がこの腕の中で
微笑むことをしなくなった時、
ボクは……ボクとして……
咲鬼に託されたあの世界を
守ることが出来るのだろうか。
すぐ傍で、魔手が手招きしているビジョンが
時折流れ込んできてはボクの時間を
ボクの心を凍りつかせる。
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