第1章

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 そのショットバーを見つけたのは偶然だった。 忘年会の帰りに、同僚四人とフラリと寄ったのが最初だ。  私はもともと騒がしい場所が好きではなかったので、 静かにジャズが流れ、沈殿したような空気が堆積 している感じが気に入った。  同僚は「辛気臭い」と言って、場所を変えようと すぐに席を立ったが、私は付き合いが悪いとなじる 同僚を笑顔で送り、一人ここに残ったのだった。  店はこじんまりとした広さだった。 扉を背にしてカウンターがあり、十五人ほどが座れる。 左奥には四人掛けのテーブルが三台あった。  四十がらみのマスターと、バイトらしいバーテンだけ の店内は、いつ来ても六七分の入りである。  年が変わり節分を過ぎても、私はここに通っていた。 休日と残業が長引いた日以外は、ほとんど寄り道をしている。 それほどまでに、この店に魅入られたわけではない。 もちろんそれなりの理由があるのだ。  それはしごく単純なことで、この店の常連客に 一目惚れしてしまったのだった。 二度目に訪れた日、カウンターでバーボンをちびちび やっていると、彼女は現れた。  ここのマスターとは馴染みらしく、親しげに挨拶を 交わしながら一番端の席につく。 カウンターは緩く弓なりにカーブしているので、 私は彼女とは反対の端の方に腰掛けていたが、対角線を 結ぶように彼女の姿がよく観えた。  水商売風のゴージャスな毛皮のコートを着ていたが、 それを脱ぐとセーターとジーンズというラフな格好だった。  ただセーターの襟元が、V字にザックリと開いていたので、 豊満な胸につい目が奪われてしまい、私は一人動揺していた。  腰までの髪はおとなしい茶色で、一つに束ねていることも あれば、無造作に下ろしていることもあった。  顔立ちは鼻筋の通った、きつめの美人だった。 背もスラリと高いので、ひょっとしたらモデルなの かもしれないと、近ごろ思い始めていた。  それほどに、彼女の周りには「華」があったのだ。 それは、現実とは思えない妖香であった。  だが、彼女は週に二三度のペースで現れていたし、 時間もだいたい九時頃なので、華やいだ夜の仕事ではないだろうと、 勝手に結論付けていた。  一度も話をしたことはなかった。 対角線からそっと彼女を盗み観るだけ。 彼女がマスターと交わす会話の断片を、一生懸命に拾うだけ。  それだけで、充分私は満足だった。
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