一章

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「そう言われると隠居暮らしにはきつい」  キラクの隣に座っているムーンがぼやく。ムーンは男だ。老人である。綺麗に白髪だ。服は燕尾服で歳は七十を越えている。しかしそれもキラクの感覚だ。本当のことは何も知らない。  知らないことが多すぎる。会合は既に百回になる。それでもキラク達の会合は違法なのだ。  会話の内容などいつも変わらない。  「ハーキマの森にある塔の噂が増えたわね」  然り気無くパールが話を振る。鳶色の瞳が全員を一瞥した。 「真夜中に鵙が餌を運んでくるって話ね」  プラチナが真っ先に反応する。 「私はムササビが酒を運んでくると聞いたね」  ムーンが酒を口にした。 「夢見の森だ。それくらいありますよ」  キラクはチーズを口にする。カビ臭さが良いらしいが味がわからない。 「それと、朝方の子守唄」  プラチナが、頬杖を付く。細い指先、白い肌。シスターとは思えないほどに目を引いた。 「朝方の子守唄。強風の日には長めに歌われるのよね。あの歌をうたう妖精を私は見てみたいと思うの」  プラチナが適度に切られた茶髪を耳に掛ける。  朝方の子守唄。妖精。  キラクは妖精を知っている。八歳のときからずっと同じ場所で歌うのだ。誰にも目に止まらない枝の上で。強風の時を狙ってよじ登る妖精を。一度、きつく言ったが無駄だった。次の日も次の日も。雨でも風でも容態が悪くても。謡うことを止めない。
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