25人が本棚に入れています
本棚に追加
「そう言われると隠居暮らしにはきつい」
キラクの隣に座っているムーンがぼやく。ムーンは男だ。老人である。綺麗に白髪だ。服は燕尾服で歳は七十を越えている。しかしそれもキラクの感覚だ。本当のことは何も知らない。
知らないことが多すぎる。会合は既に百回になる。それでもキラク達の会合は違法なのだ。
会話の内容などいつも変わらない。
「ハーキマの森にある塔の噂が増えたわね」
然り気無くパールが話を振る。鳶色の瞳が全員を一瞥した。
「真夜中に鵙が餌を運んでくるって話ね」
プラチナが真っ先に反応する。
「私はムササビが酒を運んでくると聞いたね」
ムーンが酒を口にした。
「夢見の森だ。それくらいありますよ」
キラクはチーズを口にする。カビ臭さが良いらしいが味がわからない。
「それと、朝方の子守唄」
プラチナが、頬杖を付く。細い指先、白い肌。シスターとは思えないほどに目を引いた。
「朝方の子守唄。強風の日には長めに歌われるのよね。あの歌をうたう妖精を私は見てみたいと思うの」
プラチナが適度に切られた茶髪を耳に掛ける。
朝方の子守唄。妖精。
キラクは妖精を知っている。八歳のときからずっと同じ場所で歌うのだ。誰にも目に止まらない枝の上で。強風の時を狙ってよじ登る妖精を。一度、きつく言ったが無駄だった。次の日も次の日も。雨でも風でも容態が悪くても。謡うことを止めない。
最初のコメントを投稿しよう!