一章

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 キラクが眼鏡を直した。 「嘘。人の爪でしょう? 隠しても無駄よ」  アリシャはキラクに近寄った。女に付けられた口紅の痕がキラクの白いシャツに残っている。 「ああ、やられた」  気が付いてシャツの襟を手で隠したキラクが、疲れた表情を浮かべて、アリシャの方に身体を向ける。  アリシャよりも背が高い。細身だがしっかりとした肩幅をしている。自警団が持つことを許されている警棒が腰ベルトについている。アリシャは警棒に触れた。黒い鞘に収まっている。抜き出すと伸び縮みするようになっているらしいが、キラクが実際に使う姿を見たことがない。それでも、月に何回か講習が行われているという。アリシャが志願すれば見学もできるのだが、日取りが合わない。お茶会と公務の手伝いが重なってしまうのだ。一度、お忍びで出向こう。クロウとの外出ならお茶会も公務も脱け出せる。 「刀や剣を持ちなさいよ」 「これは定められた規定です。刀や剣は戦争で使われます。街の警備はこれで充分ですよ。そんなに似合いませんか? 二度目ですよその質問」 「そうだったかな? 忘れたわ」  アリシャは知らばくれた。本当は覚えている。キラクが自警団として選ばれた日だ。ついでに自警団が着ている詰襟のシャツにベストという出で立ちもどこかしっくりきていない。
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