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○あははっ。ひとしきり笑うと、彼女は遠くを見るように顔を上げた。
「斎藤くんと最初に会ったのは、最初のリハビリを始めた時だったわね?」
「あぁ」
「その時の斎藤くんの顔、鮮明に記憶してるの」
「……」
「大体の人は希望を持ってリハビリに励みたい、みたいな、頑張るぞっていう表情をするんだけど、斎藤くんは少し違ったの」
○あの時、城崎さんは担当医の背後に立っていた。城崎さんは、僕のリハビリスタッフになるはずだったんだ。
「絶望、していたの。一瞬で顔が青白くなってた。リハビリをする前の時点で、普通は自分の身体が正常に動かせない現実を、皆は少なくとも心のどこかで受け入れているわ。けど斎藤くんはたった今知ったようだった。手術を受けて目覚めて、検査を受けて入院して。『無理だろう』と担当医から言われる瞬間まで、斎藤くんは……、現実逃避をしていた、のかしら…?」
○恐る恐る、といったようだった。
「……うん」
○僕は思い出しながら言う。
「事故で全てが真っ暗闇になって、身体中が痛い中で目が覚めたらそこは病室で。ずっと現実じゃないような感じがして、眠ることでずっと真っ暗闇に逃げてた。後遺症がどうとか考えもしなかった」
○掴まれた缶ジュースの表面がぬるい。思い出そうとしても、日数に合う記憶量ほど思い出せない。僕はずっと死んだ気になっていたのだ。
「でも、担当医に足の話をされた途端、急に頭に部活仲間の顔が浮かんできた。そしたら怖くなったんだ。自分が何者なのかとか、友達とか、家族とか先生とか、いろんな顔や映像が次々と現れて怖くなった」
「驚いたのね。あの絶望した顔はーー」
「思い出したすぐ後で、自分の身体が今までの状態じゃないことを理解して。ショックだった……」
○ぽたり。歪んだ視界の元が、膝の上に落ちた。涙だ。
「ごめん、なんか…泣けてきた」
「大丈夫」
○城崎さんの手が、背中をいつくしむように撫でてくれる。
「大丈夫だから」
「ごめん…ごめん」
「謝らなくていいわ。私が訊いたのが悪いの」
「くっ…」
○しばらく僕は泣き続けた。
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