1-退院

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○あははっ。ひとしきり笑うと、彼女は遠くを見るように顔を上げた。 「斎藤くんと最初に会ったのは、最初のリハビリを始めた時だったわね?」 「あぁ」 「その時の斎藤くんの顔、鮮明に記憶してるの」 「……」 「大体の人は希望を持ってリハビリに励みたい、みたいな、頑張るぞっていう表情をするんだけど、斎藤くんは少し違ったの」 ○あの時、城崎さんは担当医の背後に立っていた。城崎さんは、僕のリハビリスタッフになるはずだったんだ。 「絶望、していたの。一瞬で顔が青白くなってた。リハビリをする前の時点で、普通は自分の身体が正常に動かせない現実を、皆は少なくとも心のどこかで受け入れているわ。けど斎藤くんはたった今知ったようだった。手術を受けて目覚めて、検査を受けて入院して。『無理だろう』と担当医から言われる瞬間まで、斎藤くんは……、現実逃避をしていた、のかしら…?」 ○恐る恐る、といったようだった。 「……うん」 ○僕は思い出しながら言う。 「事故で全てが真っ暗闇になって、身体中が痛い中で目が覚めたらそこは病室で。ずっと現実じゃないような感じがして、眠ることでずっと真っ暗闇に逃げてた。後遺症がどうとか考えもしなかった」 ○掴まれた缶ジュースの表面がぬるい。思い出そうとしても、日数に合う記憶量ほど思い出せない。僕はずっと死んだ気になっていたのだ。 「でも、担当医に足の話をされた途端、急に頭に部活仲間の顔が浮かんできた。そしたら怖くなったんだ。自分が何者なのかとか、友達とか、家族とか先生とか、いろんな顔や映像が次々と現れて怖くなった」 「驚いたのね。あの絶望した顔はーー」 「思い出したすぐ後で、自分の身体が今までの状態じゃないことを理解して。ショックだった……」 ○ぽたり。歪んだ視界の元が、膝の上に落ちた。涙だ。 「ごめん、なんか…泣けてきた」 「大丈夫」 ○城崎さんの手が、背中をいつくしむように撫でてくれる。 「大丈夫だから」 「ごめん…ごめん」 「謝らなくていいわ。私が訊いたのが悪いの」 「くっ…」 ○しばらく僕は泣き続けた。
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