10人が本棚に入れています
本棚に追加
○泣くのを止めた時、急にきまり悪くなって、袖で涙を拭うと缶ジュースをあおった。隣の顔など見られやしない。この年で人前で、よりにもよって城崎さんの前で泣くだなんて。
「城崎さん、もう大丈夫だから」
○僕の背中を絶えず撫でていた城崎さんにそう言うと立ち上がって、片足飛びで空き缶をごみ箱まで持って行った。
「ところで」
○空き缶の軽い音がごみ箱の中でこだまする。気恥ずかしさを誤魔化そうと、なるべく腫れた瞼を見られないように、顔を少し逸らしながら訊いた。
「結局、城崎さんが僕に会いに来る理由はなんだったの?」
○城崎さんは缶ジュースを一口飲んでから答えた。
「斎藤くんの足の状態をみて、新垣(にいがき)さんは私を別の患者の担当に回したの」
○新垣、とは僕の担当医のことだ。
「だけど私、”気になっちゃって”ね、斎藤くんのこと」
「ーーはっ?」
○素っ頓狂な声を出して聞き返してしまう。
「やっぱり印象的だったから。その時の斎藤くんが」
「あ、あぁ…」
○急に反応しづらくなって、僕は口をつぐんだ。今度は違う意味で赤面してしまうが、本人に悟られはしなさそうだったので、幾分か恥ずかしさはなかった。
○時間を知り得られない深夜の病棟。しかし腫れた瞼は重く、睡魔が頭を包んでいくように感じた。
「もう時間も遅くなってきたわね」
○彼女は手を口に当ててあくびをした。ココアキャンディはとっくに溶けていたようだった(まさかジュースを飲みながらキャンディを舐めてたのかなんて、今は訊けない)。
「そうだね……。それじゃあ、城崎さん」
○これ以上、城崎さんをここに居させてはならない。僕は松葉杖を取ると脇に抱えた。永遠を思わせた時間か、彼女といた時間か、不意にくる寂しさはなにに対する寂しさなのか、分からない。分からなくても良かった。
最初のコメントを投稿しよう!