1-退院

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○泣くのを止めた時、急にきまり悪くなって、袖で涙を拭うと缶ジュースをあおった。隣の顔など見られやしない。この年で人前で、よりにもよって城崎さんの前で泣くだなんて。 「城崎さん、もう大丈夫だから」 ○僕の背中を絶えず撫でていた城崎さんにそう言うと立ち上がって、片足飛びで空き缶をごみ箱まで持って行った。 「ところで」 ○空き缶の軽い音がごみ箱の中でこだまする。気恥ずかしさを誤魔化そうと、なるべく腫れた瞼を見られないように、顔を少し逸らしながら訊いた。 「結局、城崎さんが僕に会いに来る理由はなんだったの?」 ○城崎さんは缶ジュースを一口飲んでから答えた。 「斎藤くんの足の状態をみて、新垣(にいがき)さんは私を別の患者の担当に回したの」 ○新垣、とは僕の担当医のことだ。 「だけど私、”気になっちゃって”ね、斎藤くんのこと」 「ーーはっ?」 ○素っ頓狂な声を出して聞き返してしまう。 「やっぱり印象的だったから。その時の斎藤くんが」 「あ、あぁ…」 ○急に反応しづらくなって、僕は口をつぐんだ。今度は違う意味で赤面してしまうが、本人に悟られはしなさそうだったので、幾分か恥ずかしさはなかった。 ○時間を知り得られない深夜の病棟。しかし腫れた瞼は重く、睡魔が頭を包んでいくように感じた。 「もう時間も遅くなってきたわね」 ○彼女は手を口に当ててあくびをした。ココアキャンディはとっくに溶けていたようだった(まさかジュースを飲みながらキャンディを舐めてたのかなんて、今は訊けない)。 「そうだね……。それじゃあ、城崎さん」 ○これ以上、城崎さんをここに居させてはならない。僕は松葉杖を取ると脇に抱えた。永遠を思わせた時間か、彼女といた時間か、不意にくる寂しさはなにに対する寂しさなのか、分からない。分からなくても良かった。
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