10人が本棚に入れています
本棚に追加
「うん、またね」
○城崎さんに背中を向けて、僕は病室に帰る。退院してしまえば、城崎さんに会うことはなくなるだろう。医者よりも母よりも自分を理解してくれる彼女にはもう会えないのだ。学校に戻ることに対する不安はないはずだ。しかし、それでもこの状態の僕を、クラスの皆は、部活の仲間は認めてくれるだろうかと思ってしまう。それが、皆にはどうでもいいことならばそれでいいのだが、やはり反応が気になるとそれは不安という形としてしこりができてしまう。
○廊下を歩く、松葉杖の手が鈍っていく。明日なんて来なくてもいいのに。永遠に続くかに思えた夜は、それだけ僕が、明日がやって来るのを恐れていた証だったのかも知れない。
ーー病室に帰りたくない。もう少し、もう少しだけ……。
○踵を返しかけて、
「斎藤くん」
○足が止まった。
○顔だけ振り返ると、城崎さんは手を振っていた。
「頑張れ!」
○僕は数秒、呆気にとられた。大声を出せるような地声ではないので、彼女の声は廊下の奥へは響かない。だけど、城崎さんの精一杯な言葉はゆっくりしみるように胸に響いて、自然と笑みがでた。
○僕はこくりと頷くと、再び前を向いた。
○見えない手が背中を押した気がした。
最初のコメントを投稿しよう!