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○六月下旬。
○退院して、僕は土日の休日を自宅で過ごすことになった。やはり病室より我が家の方が住み心地が良いのは当然みたいだ。夕方、父の車に乗せられて帰宅し、玄関で家の中の匂いがした瞬間に少々顔がほころんでしまったのは、病院の清潔感ある雰囲気の中ずっと落ち着けていなかったからか。
「なぁに惚けてんだか」
○玄関では生意気な妹が、そう言って迎えてくれた。廊下の奥からなにかが揚がる音がする。父に脇を支えられながら靴を脱いで上がると、松葉杖の先に専用のカバーを着けて廊下を歩いた。
○妹は物珍しそうに松葉杖を見てくる。それもそのはずで、彼女は一度も見舞いに来ておらず、松葉杖を見たのも初めてだからだ。おそらく両親が行くのを止めていたのだろう。
○リビングにはキッチンもあり、音の主は鳥の唐揚げだった。母は油の中の肉を菜箸で回している。テーブルには皿に盛りつけられた唐揚げとサラダが置いてあった。今揚げているのは二皿目だろうか。かなりのボリュームを感じる。
○腹が減っているだろ、と父に訊かれて頷くと、僕はテーブルの席の背に松葉杖を預けて座った。
○父も妹も座った時、間もなく二皿目の唐揚げが運ばれてきた。赤みを帯び、湯気を昇らせた、肉の油が滴る美味そうな唐揚げだ。数枚のレタスに乗せられたそれを見て、妹が歓喜の笑みを浮かべる。父も幸せそうにそれを眺めた。テレビのバラエティは部屋を賑わせるBGM。母も座り、一斉に合掌した。
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