1-退院

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○ 患者の寝静まった、夜の病院。廊下は非常口を示す緑の明かりに照らされて、聞こえてくるのは松葉杖が床を叩く音のみであった。 ○奥の暗がりで、僕は息を殺しながら松葉杖に体重を預けて前に進んでいく。左足と杖を前に突き出し、わずかに動く右足を引っ張った。 ○しばらくして、廊下の途中で立ち止まった僕は松葉杖を右側の手すりに引っかけると、代わりに手すりを掴んだ。右足を浮かせたままから、ゆっくりと床に下ろしていく。 ○ガーゼに巻かれた右足の、爪先が着くと溜めていた息が少し漏れた。それからは、爪先から踵へと床に着けていった。手すりは冷たいのに、足は同じような冷たさを感じられない。再び息を吐くと、感覚の薄い足に意を決して体重をかけた。 ○太ももの筋肉が張っていくのが分かるが、そこからふくらはぎ、足へと伝わっていくはずの力が分からない。膝が崩れそうになって、手すりと左足を使って体を支えた。 ○正常でない右足を、歯を食いしばって睨む。動け、動けと念じながら力んで、立ち上がった。 ○その時、松葉杖が音を立てて倒れた。体が一瞬震えて、血の気が引いた。 「ーーくん?」 ○暗闇の向こうから、女性の声が聞こえた。まずい、こっちに来るかも知れない。 ○僕は倒れた松葉杖を手繰り寄せると、踵を返して逃げるように廊下を去った。
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