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○退院前日は無理をしないほうがいいだろうと考えて、そして二日前である今夜が最後だと思って僕はベッドから降りた。松葉杖を両脇に挟んで立つと、病室の扉へ歩み寄った。
○伸ばしづらく、わずらわしい手を扉にかけるとそれをゆっくりと引く。
○音もなく引き戸は開き、僕は外へ出た。くるぶしの見える足元に冷たい風を感じる。廊下には等間隔に小さな明かりがつけられており、夜中を出歩く人の道しるべになっている。自分は例外なのだが。
○僕は廊下の奥へ歩き出した。歩きながら、数日前の夜を振り返る。
○松葉杖を一本にしたのは失敗だった。手すりを利用したのも、腕の長さと合わずに膝を崩してしまった。また別のリハビリ法を考えなければならない。まだ手すりで立つことすらできない僕に与えられたリハビリは、足の曲げ伸ばし程度の運動と、血行のよくなるマッサージの仕方を教えてもらっただけだった。
『ーーくん?』
○不意に聞いた覚えのある声が、頭の中をこだました。あの声は、きっと……。
○頭に巡らせて、歩いていると自動販売機が設置された休憩所が見えた。
(……あれは)
○白い明かりに照らされながら、看護師さんが一人、座っている。こちらからは背中しか見えないが、茶髪とソファのお菓子袋で誰だか分かった。
○退院直前でなかったら、静かにこの場から逃げただろう。それだけ彼女からはいつもと違った雰囲気を感じた。
「城崎、さん?」
○緊張で喉が乾き、言葉の語尾はかすれたように出た。
○彼女はこちらに振り向いて、言った。
「なにか飲む?」
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