1-退院

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「見回りとか来たりしないの?」 「私達は、コールが鳴らなかったらこんな階まで普通来ないわ」 ○そうだったのか。なら、時間を置いて出てくる必要はなかったんだ。 ○缶ジュースの重たい音が暗がりに響いていく。時計はどこにもなく、ただブラインドの隙間からは白い月を覗かせていた。 「こんな夜中に、どうしてここに?」 ○プルタブを開けながら彼女に訊いた。すると、 「斎藤くんこそ、なんでこんな時間にまだ起きてるのかな?○明後日には退院でしょ」 ○逆に尋ねられた。夜更けに患者が歩き回るほうが、不自然なのかもしれない。ナースであった場合も相当不気味だと思うが。 「病院の消灯時間は早すぎるんだ」 ○そう答えると城崎さんは声を立てずに笑った。 「確かにね。お爺さんお婆さんも今の時間は本を読んでいたり、病室仲間と囲碁をしたりしているらしいわ」 「僕は一人部屋だったからよく分からないけど、皆、仲がいいんだね」 「それは、一言も会話せずに退院していく患者さんもいるけど、大抵仲良しな部屋が多いのよね。田舎だからなのかしら」 「都会は他人同士が集まるといつまでもぎくしゃくしそうなイメージがあるからね」 「偏見ね」 「まぁね」 ○ジュースは、絵柄の通り柑橘類の味がする。夜の静けさは、まるで時間が止まったような錯覚を起こす。今の時間がいつまでも続いていくような感覚は、なんだか悪い気にはならなかった。少なくとも、皮肉を言おうだとは思っていなかった。
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