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「この前、廊下にいたのは、斎藤くんよね?」
「そうだよ」
○僕は正直に言った。
「ただの散歩で、ここを歩いていた訳じゃ、ないわよね?」
「…あぁ」
「右足、そこまで早く治したいの?」
○頷いてそれに応えた。
「どうして?○そんなにバドミントンが好きなの?○部活が楽しいの?」
○違うんだと、かぶりを振った。
「そりゃ、せっかくレギュラーになれたのに、とは思う。けど理由はそれだけじゃないんだ」
「どうゆうこと?」
「言えないよ…言えないんだ」
○足を早く治したい。その理由は言葉に表せられず、ただ感じられたのは、なにかに対する使命感に似たものという曖昧模糊な断片のみだ。
「そっか」
○城崎さんはぼんやりと自販機を見ていた。ふと、横顔の頬に不自然な形の膨らみがあるのに気づいた。それはころころと動き回っている。ソファに目をやると、茶色の菓子袋はチョコではなくココアキャンディであることが分かった。
○言い知れぬ思いがため息を誘発させた。
「やっぱり退院後の生活とか、心配?」
「え、いや……」
○ため息をついた僕を訳も知らずに気づかってくれる彼女は、すごくいい人だと思う。
○どうして僕なんかのために……。ずっと奥に隠れていた疑問が湧いてきて、そのまま口から出た。
「僕も一つ質問、いい?」
「なに?」
「どうして、僕の病室まで来てくれるようになったの?」
○薄明かりの中、城崎さんの瞳が揺れた気がした。
「そうよね。ほんとはおかしいもんね。普通、仲良くなるなら斎藤くんの担当する看護師さんだもん」
「淀川(よどがわ)さんは無愛想だから」
「ふふっ、淀川さんは私以上に忙しくて真面目だから、無愛想にもなるわよ」
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