第1章

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ヨウは確信した。おそらく、この社長は見た目から判断して五十代ぐらいだろう。このような年代の社長で、見るからに自分より年下であると分かる来客があっても、丁寧な対応をする社長であったら、なかなか手強く、落としづらい。しかし、この社長のように、あからさまに自分より年下、そして自分が優位に立てる来客だと分かった瞬間、丁寧さも感じない言葉づかい、興味のないそっけない回答をしたかと思えば、ところどころ細かく聞いてくる者は、逆に落としやすい。ヨウの経験上の話であるが、ヨウ自身にとってはそういうケースが非常に多かった。つまり、この社長も落としやすいパターンだとヨウは確信したのだ。 「それじゃあ、目安としていくらぐらいの投資が必要になるのかね?」 「ピンキリでございますが、具体的にどのような形で展開を考えているかを社長様がいまお考えにあるのであれば、明日にでも見積書をお持ち頂くことが可能ですが、いかがでしょう。」 「うむ。それじゃあ、少し話をつめてみようか。」 「あと、ひとつ言い忘れましたが、あくまで投資という形なので、その事業が成功するかは未知数です。言い換えれば、失敗もありえますが、それをご承知の上でのお話ということでよろしいでしょうか?」 「ヨウくんだったかな?あのねー、僕はこの会社をはじめて約三十年なんだよ。たぶん、見た目からだとヨウくんの年齢と僕の会社の年齢は、同じくらいの年齢になるんじゃないかな。だから、僕は直感でこの人はできる人だ、できない人だ、嘘をついている、嘘をついていないとか全部わかっちゃうんだよ。直感でなくても、その人と目をみて話せば、わかったりもするんだけどね。ヨウくんの目をみれば分かるよ。君はできる人だ。嘘をつかない人だってね。」 「ありがとうございます。それでは、社長様のお褒めの言葉を有り難く頂きます。」 ヨウはこの社長の見下した態度に腹が立ったが、この社長を落とすのに成功したのは間違いなかった。大口契約をとったのと同じぐらいの成功のよろこびで、腹が立ったのはいつしか忘れ、ヨウは上機嫌になって、社長との話を詰めていった。 「それでは明日、見積書をお持ちします。本日はお忙しい中、ありがとうございます。明日も宜しくお願いします。」 ヨウは浮かれる気分を落ち着けながら、いつもと変わらぬ足取りで、その会社をあとにした。
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