第1章

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「ヨウ、何でマサシを殴ったの?」 麻美先生はやさしく聞いた。 「えっと、色々あって…」 「ヨウはいつも真面目でおとなしいから、よほどのことがないと殴らないと思うんだよね。色々って何があったのかな?親には言わないから話してみて?」 ヨウは麻美先生にそのように見られていたことを嬉しく感じた。そして、親には言わないからという一言にもとても嬉しく感じた。だからこそ、たかたがゲームソフトのことで、自分が悪いにもかかわらず、マサシを殴ってしまったことなど恥ずかしくて言えるはずがなかった。いい方法はないかとヨウは考えた。そして、一か八かではあるが、ヨウはあることを思いついた。 「先生、マサシがいつも掃除しないことは知っていますか?」 これは嘘じゃなかった。マサシは掃除時間に掃除をしているふりはしているものの、周りがなにも言わないことをいいことに、掃除はせず、掃除をしているふりだけしていたのだ。 「それで、一ヶ月ぐらいマサシにちゃんと掃除するよう注意したんだけど、あいつ、全然掃除しなくて…」 もちろん、ヨウは掃除をしっかりするようマサシに注意したことも、それらしきことを言ったことも一度もない。 「だから、我慢の限界にきて、殴りました。すいませんでした。」 ヨウはこの瞬間泣いていた。だが、嘘をついてしまったこと後悔から泣いたのではない。生徒指導室へ呼ばれる恐怖も拍車をかけたことから、ヨウは演技として泣くことに成功したのだ。そこには先ほどの自分が悪いという後悔よりも、すんなり嘘をつき、先生を騙したという優越感のほうが強かった。この出来事は些細な出来事である。中学生の思春期ならこれくらいの悪さをし、叱られ、反省し、人間として少しずつ成長していく。しかし、ヨウはこの些細な出来事をきっかけに、自分の話術に自信をもった。よそからみると大した話術ではないように思えるが、人間の思い込みは時として、眠っていた才能を開花させるときがある。まさしく、ヨウにとってこの些細な出来事こそが話術という眠っていた才能を引き出すことになったのだ。
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