第三章

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アツシは毛布を椅子の上に置くとピアノに近づいて行った。ピアノには楽譜が置いてあった。 「讃美歌いつくしみ深き」 楽譜を見たアツシはゆっくりとその旋律を奏でる。 何故だろう。今まで弾いてきたどんな曲よりも音が澄んでいる気がした。それは教会という神聖な場所だからだろうか…。 「あなたは護られているのですよ」 さっきのシスターの言葉がふと浮かぶ。アツシはここに導いてくれたのはリンだったのかもしれないと、そう思った。 一曲を弾き終えたアツシは胸の十字架を握りしめた。初めてリンがこのペンダントをつけてくれた時に思ったことを思い出す。 『リン、俺は傷ついてもいい。君がどこかで笑っていてくれるなら…』 アツシの頬を涙が伝う。 『とても心のこもった演奏でした』 シスターが拍手を送る。 『愛する人のために弾いたのね』 アツシはシスターの言葉に驚いた。確かに今の曲はリンを想って弾いていた。 『そんなことまで分かってしまうんですか?』 『分かりますよ。ピアノを弾いている時のあなたの顔はとても幸せそうだったから』 シスターはそう言うとアツシに近づいてきた。
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