第三章

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アツシは酒場で会う男の仕事を断ろうと思った。やばい仕事なのは分かっていたが、生きるために必要だったからやっていた。 だが今のアツシにはピアノを失う事だけは耐えられなかった。男の仕事のために教会に迷惑がかかることになったら、もう本当にピアノを弾けなくなる。 姿を消した今でも、アツシはリンのためにピアノを弾いていた。いつか彼女がこの教会に立ち寄り、自分の弾くピアノを耳にしてくれたら…。それだけがアツシの願いだった。 アツシは男に会うために酒場に向かった。男はアツシが仕事を断ると、そうかと笑った。 『お前には危険なことをさせていたからな。諦めるよ』 男はそう言うとアツシの肩をポンと叩いた。 『そう言えば…』 男が思い出したようにアツシの方に振り返った。 『お前リンって女を探していただろ』 アツシの顔つきが一瞬で変わる。 『いたのか?』 アツシがすごい剣幕で男に詰め寄ると男は慌てて手を振った。 『今いるかは知らないが、カジノのバーで歌を歌っていた女がリンって名前だったのを思い出したんだ』 『カジノのバー…』 アツシの様子を見ていた男は少し言いにくそうにしていたが、重い口を開いた。 『その女はカジノの常連客の愛人だったって噂だ』 『愛人?』
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