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 ないと言うより、忘れてしまったと言った方が正しい。  生前の記憶も、自分の苗字も、家族も友達も誰の事も覚えていない。この学校の子供達が自分の事をかくれんぼのあいちゃんと呼んでいるから、自分はあいと言う名前なんだという事だけ分かっている。  あいはテーブルを挟んでお姉ちゃんの前に座った。  足をぶらぶらと揺らしながら、あいが図書室の中をぐるりと見回していると、おねえちゃんは一ページ、一ページ愛おしそうに眺め、ページを捲っていく。  全てのページを見終わったのか本を閉じると、本棚に戻し、また新しい本を持って椅子に座る。  おねえちゃんが新しい本を開くと、あたりが急に真っ白になり、あいは椅子から立ち上がった。  映画のフィルムのような音、映像があいの目の前に広がった。  おねえちゃんと同じ紺色の制服を着た女の子達が、図書館で楽しそうに本を眺めている。  その中に一人で椅子に腰かけ、きちんとお下げが結ばれたおねえちゃんの姿をあった。  周りを気にする事なく、本をにこやかに読んでいる。  話し声や図書室での音は全く聞こえない。  あいの耳にはカタカタカタとフィルム映画が回っているような音だけが響き続け、おねえちゃんが楽しそうに本を読んでいる姿が見える。  ふと本を読んでいたおねえちゃんが視線を上げると、誰か見ているようだった。  じっと一点を見つめるおねえちゃんの姿は、楽しそうに読んでいた本よりもそちらに気を取られている。 「私はいったい何を見ていたのかしらね」  辺りが元通りの図書室になると、左側だけお下げに結ばれたおねえちゃんがいつの間にかあいの隣に立っていた。  あいは隣に立つおねえちゃんを見上げると、なんだか物悲しそうな表情をしている事に首を傾げた。  さっきまであんなに楽しそうにしていたのに、なんでそんなに表情を曇らせるのだろう。
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