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「気にしないで」
「え?」
「私のことは、気にしないで。お仕事がんばってね」
「、、、うん、ありがとう。ほんっとに、ごめん! また電話するよ」
そう言って電話は切れた。
突然、電話を壁に投げつけたいような衝動に駆られる。
誰も悪くない。彼が悪いわけじゃない。
なのに。
期待なんか、しなきゃよかった。
そうすればこんなに、苦しい思いをしなくてすんだのに。
枕に顔をうずめながら、アナは声を押し殺して泣いた。
***
もう期待しないと、自分に言い聞かせたのに。
「また電話するよ」 と、確かに彼は言った。
3日後のクリスマスの日。
母の姉夫婦が訪ねてきて、家は久々に活気づいた笑いに溢れていた。
ツリーのもとに置いたささやかなプレゼントを開けあってはしゃぐ家族を置いて、アナは何度も電話が入らないかキッチンに確かめにいった。
居間にいたら音楽と笑い声がうるさくて、聞き逃すかもと思って。
隣の部屋の賑やかさに救われるような、突き放されるような、入り混じった気持ちに捕らわれながらアナは鳴らない電話を見つめていた。
8日後。
もうオフィスに戻ったはずだ。
我慢しきれなくなったアナは、向こうが朝になるのを待って、思い切って生まれて始めての国際電話をかけてみた。
母の姉の夫はフランスに留学経験があったので、この前訪ねてきたとき、国際電話のかけ方を聞いておいたのだ。
聞きなれない呼び出し音がなる。
『ロ畏?(もしもし)』
中国語だった。
「あの、アレックス・リチャードソンはいますか?」
ゆっくりと英語で話してみたが、向こうは何か畳み掛けるように話すだけで、さっぱりアナにはわからない。
「あの、英語わかる方います?」
バタバタと足音がして、ぴたっと静かになった。
いったいどうしたんだろう。
国際電話だ。無言なんてお金がもったいない。切らなければ。
そう思ったとたんに、声がした。
「アレックスさん、お探しですかー?」
「は、はいっ」
「さっき、女の人と食事でかけたね」
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