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「捨てていいって言ったのに」
空き部屋の隅に積まれた段ボール箱に目をやりながら、アナはコーヒーカップをテーブルにことりと置いた。
「だってねえ。あなたの小学校のときの作文の賞状とか、中学のときに賞を受けたエッセイとか、いろいろ入ってるのよ~」
テーブルの向こう側で、母がため息をつきながら言った。
今日は久々に母を訪ねてきている。最近、看護師時代の勤務ぶりを表彰されたとかで、彼女はごきげんだ。
「そんなの別に見たくもないし」
「年をとったら、きっと懐かしく思うわよ。子供に見せたいと思うかもしれないし」
「子供だなんて、、、作る相手がいないわ」
「そう、それなのよ。ねえアナ、あなたもういくつだっけ、39歳? もうすぐ40よ? このままずっと一人で生きていくつもり?」
「だからもうそれは何度も言った。今は責任ある仕事を任されているし、べつに不満はないわ」
「でもずっと一人だなんて、寂しいわよ?」
「一人の方が気楽よ。へんな男のために家事とか育児とかしたり、何をどう分担するのかとか、義理の家族がどうとかこうとか、考えたくもないわ。結婚した友達から散々愚痴聞かされてるもん」
「へんな男って、、、。あれ以来、誰もいないの?」
母はアナがアレックスとずいぶん昔に辛い別れをしたことは、なんとなく気づいていたようだった。
「いないよ。今のままで十分幸せだから、心配しないで?」
大学を出てから今日まで、誰とも付き合わなかったわけではなかった。
でも、誰とも、手をつなぐ以上の仲にはなれなかった。
なぜなんだろう。別にあの人と比べているわけじゃない。
ただ、彼との時みたいに、どうしてもこの人じゃなきゃ、いっしょにいられなきゃいやなんだという、そういう気持ちが沸き起こってこないのだった。
、、、ずっとこのまま、一人なんだろうな。
それでもいいわ。
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