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一度だけ、たった一度だけ、アナはアレックスが今どうしているか、パソコンのサーチで調べたことがあった。
アレックス・リチャードソンなんて名前はよくある名前で、作家やら学者やら、いくつものヒットがあった。
中国、上海、通信産業、とサーチの範囲を狭めていく。
あるページが開いたとたん、突然あの懐かしい笑顔に出会った。
彼の事務所のスタッフの紹介ページのようだった。
(変わってない、、、)
胸の奥が、微かに疼いた。
彼が就職したころに比べ、今ははるかに規模が大きくなったその会社の上海の現地法人の会社で、アレックスはまだ40代初めにして副社長になっていた。
(うまくいっているのね)
アナは微笑んだ。
自分があれだけ好きだった人。辛い人生を送っているよりはよっぽどいい。
そう思えるのは、今の自分も好きな本に囲まれた、そこそこに充実した毎日を送っているからかもしれない。
さらに検索を進めたが、仕事に関すること以外の情報については、まったく何もあがってこなかった。
フェイスブックもツィターも、SNSらしきことは何もやってないようだ。
少なくとも本名では。
今、彼の隣で、微笑んでいるのはどんな女性なんだろう。
その膝の上で甘えているのは、どんな子供たちなんだろう。
考えてみても仕方がないことだ。
そう思って、アナはパソコンのページを閉じた。
最近、アナはマンションを買った。小さくても自分の城。
そこに入れる家具を見てまわるのが、ここのところの休日の楽しみだった。
「とにかく、あれは処分してね」
ふたたび段ボール箱の山に目をやりながら、アナはコーヒーを啜った。
「わかったわ。まあ捨てる前に、一応目は通しておくから。あなたが後で気が変わったときのためにね」
母もう一度、さっきよりさらに深いため息をついて言った。
「変わらないよ」
笑いながらアナは立ち上がり、空いたカップを持ってキッチンのシンクに向かった。
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