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「えー、ショーン、第2外国語、中国語をやってるの?」
マリが本の山をテーブルに置きながら、意外そうな声をあげた。
「うん」
ショーンと呼ばれた高校生らしき男の子は、荷物をほどく手を休めてマリのほうを見た。
「やっぱ実用的だから?」
「それもあるけど、言語として英語とぜんぜん違うからさ、面白いんだよ」
「えー。私、日本語って漢字がなかったら、さぞかし楽だったろうと思うけどなあ」
中学まで週末は日本語学校に行かされていたマリは、やれやれというように肩をすくめる。
中国語か。彼と別れた当時は、その名前を聞くのも嫌だったな。
若い店員二人の会話を聞きながら、アナは密かに苦笑をもらした。
あのころは、彼が中国語さえ話さなければこんな別れ方をしなくてすんだのに、とまるで理不尽な恨みまで持ったっけ。
今のアナには、もちろんそんな思いはもう欠片もない。
店のお得意様には中国系の方もいて、最近などおいしい麻婆豆腐の作り方を教わったくらいだ。
「でさー、」
「こらそこ、仕分け進んでる?」
「はいはーい」
はぁ、と内心アナはため息をつく。
マリもショーンもまだ学生だ。
学生にしてはたしかに働きぶりは二人とも立派だけど、やっぱりもっと正式な社員を雇ったほうがいいのでは。ちょうどバイトの子が一人辞めることになっているし。
でもすべてはコストの問題なのだ。最近、確かに売り上げが落ちてきている。
タブレットによる電子書籍の急激な人気上昇の影響は、アナが店長をする本屋、Proseにも確実に忍び寄ってきていた。
人を一人正式に雇うと、給料だけでなく、医療保険や年金など福利厚生面のサポートもいるから、コスト的にはかなりの負担になる。
「あ、そうだ、アナ」
マリがテーブルの山積みの本を数え終わると、こちらにやってきて行った。
「この前お話した子、明後日にでも連れてきていいですか?」
「ああ、あのボランティアで働いてくれるっていう子?」
「はい」
「でもその子留学生でしょ? 英語できるの?」
「あ、えっと、それはなんとかなります。最初のうちは私が同じ時間に入ってサポートしますし」
「、、、そう。まあとりあえず、連れてきてちょうだい」
「はい!」 マリは嬉しそうに返事をした。
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