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「Limelightってバー、知ってる?」
ある日帰宅して部屋着に着替えると、アナは意を決して電話をかけた。
「名前は聞いたことある」
アレックスはまだこれから帰宅の車に乗るところのようだ。
「明日、そこで待ち合わせしない? 常連客が褒めてた。雰囲気がいいんだって」
「へぇ」
「なに?」
「君から誘ってくれるなんて、珍しいなあと思って」
「こ、この前のご飯のお礼よっ」
照れくさくて、思わず携帯に向かって大きな声が出てしまった。
話を終えたとたんに、今度は妹のエリカから電話が入った。
最近、母親の具合があまりよくない。
精密検査が必要かも。何かあったら知らせるね、という連絡だった。
嬉しいことがあれば、悲しいことがある (Sadness and gladness succeed each other)。
人生とはそういうものなんだろう。
でも彼の存在があれば、何があっても生きていける。
、、、そう思っていた。
***
「また今度ね~」
「はい、いつもありがとうございます」
店を閉める時間が迫り、最後まで居残っておしゃべりしてた常連客も帰り始めた。
「あ、そうだ。アナにこれ見せようと思っていたんだ」
客の一人がファイナンスの新聞を見せに来た。
「これ、ここに来ているあの人のことじゃないの?」
アナは何気なしに、彼が指差した記事を読み始めた。
その記事は、アレックスが、勤めている会社の中国現地法人の社長に任命される旨を大きな扱いで報じていた。
赴任の予定は来年早々。
いまや中国各地で、合弁という形で拡大しつつあるビジネスをまとめる、非常に重要な立場 ----- それがアレックスの新しい任務だった。
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