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(雲行きが怪しいな)
アレックスがLimelightに着いたころには、雨がぽつぽつとかなりの勢いで降り出していた。
急に薄暗い中に入ったので、目が暗さにすはすぐに順応できず、アナがどこにいるのかわからない。
目を細めて探すと、アナはカウンターの一番はしにいた。
「ごめん、遅くなった」
アナの反応がない。こちらを見ようともしない。
「アナ?」
アナはこちらを見ないまま、黙ってバッグから何かを取り出して、アレックスのほうに押しやった。
さっきProseで読んだ、アレックスの中国赴任が報じられた新聞記事だった。
「、、、もう記事になったのか」
「どうして黙っていたの」
「いや、本決まりになったのは数日前のことなんだ」
「でも話には出ていたのね」
それを、断ることはしなかったのね、とは続けられなかった。
彼と何かを約束したわけじゃない。
何か言える立場じゃないんだ。
私と彼の関係なんて、そんなもの ---------
「アナ、聞いてくれ」
アレックスはアナの返事を待たずに話し出した。
「こちらに戻ってきたとき、いずれまた向こうに戻ることになるとはわかっていたんだ」
「戻って君を探しているとき、正直に言ってなぜそうしたいのか、自分でもよくわからなかった」
アレックスはそう言うと、一口、手元に置かれたグラスの水を飲んだ。
「、、、懐かしいからなのか、それ以上なのか。おそらくもう誰かと結婚しているだろうと思っていたしね」
「、、、でもこうして、会ってみて思い知ったよ」
カウンターの上に置かれたアナの手を、ぎゅっと握りしめる。
「やっぱり俺には、君しかいない。今度はどうしても、何があっても君を失いたくない」
そして、ひとつ息を吐くと言った。
「アナ、ついてきてほしい」
アナは初めてアレックスのほうを見た。
「無理なのよ! わかっているでしょう? 母を置いていけないわ!」
アナの目はすでに真っ赤だった。
「アナ、」
アレックスの手を振り切り、アナはバッグを掴むとドアを開けて店の表へ飛び出した。
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