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名前を呼ばれたような気がして目が覚めた。朝の7時。
けれど隣の彼は、まだ眠りの中だ。
おなかのあたりに置かれた手を静かにどける。
男性の手だなあと思う。
指をひとつひとつ、慈しみながら、そっと触れては離していく。
それでもアレックスが起きる気配はない。
まだ覚醒しきらない頭のまま、アナは上半身をゆっくりと起こした。
昨日どうして、私はバスルームに来た彼をひきとめたんだろう。
、、、私は、どうしたいんだろう。
喉が渇いたアナは、ベッドの反対側から、彼の体を揺らさないように気をつけながら降りた。
服を探すが見当たらない。
ふと思い立って乾燥機の中を覗き、まだ乾燥が終わったばかりでふんわりと温かみのある自分の服を発見して取り出した。
(入れておいてくれたんだ)
水を入れたグラスを持ち、テーブルのうえにコトリと置くと、すぐそばに置いてあった眠っていたパソコンがにぶい光を放ち始めた。
何気なく目を向ける。
それはアレックスが会社の上司らしき人にあてて書いた電子メールだった。
部外者が読んじゃまずいだろうと目を逸らそうとして、ある言葉が目に留まった。
“decline (辞退)” という言葉が。
おもわず目をひきつけられたアナは、文字を追ううちに、画面から目が離せなくなっていった。
そのメールには、中国現地法人のトップに立つ、抜擢ともいえるオファーを辞退したい、代わりにD氏を推薦する、自分に関しては今いる事務所の所長職に残ることを希望する、もし後任がすでに決まっているのなら降格でも受け入れる ------- などとあった。
その隣には、付箋のついた有名な経済週刊誌が置いてあった。
表紙に大きく “時の人50人” というタイトルがあり、付箋のついたページを開くと、1ページまるごと、アレックスのことが書かれていた。
主に彼の中国における活躍と貢献についてだった。
ページ下半分には、選ばれた人に関しての周りの人の評価が書かれていた。
アレックスに関しては、彼が自分のかわりにと推薦していたD氏の言葉が載っていた。
--- 指導力があって、ビジョンがあり、しかも思いやりに満ちている素晴らしい上司。入社以来の目標です。
それらの文字を追いながら、アナはどんどん激しくなる動悸を感じていた。
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