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この人は。
、、、20年かけて手に入れ、築き上げたものを捨てる気だ。
、、、私と一緒になるために。
、、、それだけのために。
20年前だったら、私はただ喜んで、彼が自分のもとに来るのを受け入れたかもしれない。
でも今は。
ここまで来るのがどれほど大変だったか、人の上に立ち、組織をまとめ、率いていくのがどんなに大変なことか。
はるかに規模は小さいとはいえ、店長として店を率いている今の自分には痛いほどよくわかる。
ここで彼がいなくなってしまったら、彼を信用してついてきた人たちはどう思うだろう。
何より、今は久しぶりの再会で情熱の渦中にあるけど、どんな熱い恋もいつかは少しづつ冷めて、落ち着いたものになっていく。
そのときにきっと彼は後悔するんじゃないだろうか。
捨ててしまったものが大きすぎることを。
ダメだ。彼にそうさせては、いけない。
この人のいるべき場所は、私の隣じゃ、ない。
アナは音をできるだけたてないように服を身に着けると、黙ったまま静かに、アレックスのマンションを後にした。
まだ早い朝のバスには、乗客はアナ一人だけだった。
誰に気遣うこともなく、溢れる涙をぬぐうこともせずに、アナは窓の外の景色を見続けていた。
きっと、あの人は私の決心を怒るかもしれない。
でも20年前も、ふたりの関係を放り出した私を、彼は追ってきてはくれなかった。
今度だって初めは怒るだろうけど、きっとそのうち、単なる記憶の一部になっていくだろう。
私は大丈夫。
誰かがこれほど私を愛してくれたという思い出だけで、きっと今までのように生きていける。
バスは静かに秋の朝の白い光の中を、アナの住む通りに向けて走っていった。
そしてバスを降りたアナは自分の部屋に戻ると、泣いた跡を隠すためにいつもより入念にメイクアップしながら、出勤の支度をした。
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