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「ジョーに許可をもらった。アナ、どうして先に帰った。何があった?」
「出勤時間が迫っていたから帰っただけです。あの、申し訳ありませんが、私的な話はここではしたくないので」
それはそうかもしれない。
アナは店長なんだし、と思ったアレックスは、
「閉店したらちょっと話せないか?」
「、、、わかりました。どこで?」
「今日は暖かいし、いつもの公園で」
「はい」
***
9時を15分ほど過ぎ、アナはやってきた。
さすがにあたりは暗く、もう誰もいない。
「ごめんなさい、お待たせして」
「いや、いいよ」
アレックスは仕事のメールを打っていた携帯をしまった。
「早速だけど、話があるんだ」
隣に座ったアナはアレックスのほうを見ずに、足元を見ている。
二人の間に、鞄ひとつ分くらいの距離があることを、アレックスはもどかしいと思った。
「上海には行かない。こちらに残るつもりだ」
「、、、なんでそんなことをするの?」
その声にあまり驚きはない。
「君ともう離れたくないからだ」
「アレックス、」
アナは初めてこちらを見た。
「あなたいったい、何を考えているの」
呆れて聞こえるように、できるだけ、冷たい声で。
がんばって演技しなくては。
「何って、」
「女のために、仕事を放り出すような人だとは思わなかったわ」
「アナ、」
アレックスはアナの突き放したような声のトーンには怯まずに、穏やかに反論した。
「仕事には代わりがいるが、君は世界で一人だけだ」
「でも一人しかないあなたを必要とする人たちが、むこうにたくさんいるんでしょう。その人たちの期待を裏切っていいの?」
「裏切るとかそんな、」
「裏切りよ。私だって、小さいけどあの店の “長” なのよ。そんなことをする人は軽蔑するわ」
裏切りとか、軽蔑とか。
わざと刃を彼に向け、切りつけるような言葉を選んで、投げつける。
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