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アレックスはその日を最後にProseに来なくなった。
常連客が 「どうしたのかね」 と聞いてきても、アナは肩をすくめるだけだった。
そしてかきむしられるような胸のうちがばれないように、いつもよりさらにビジネスライクな笑顔を貼り付ける。
「中国に戻るとか聞いてますから、その準備で忙しいんじゃないですか」
「あんな偉い人だったとはなあ」
「ぜんぜんわからなかったよな、気さくだったし」
常連客たちも、彼の仕事の顔をニュースで知ると驚きを隠さなかった。
宣伝やサイトの充実など、店員たちが次々と工夫をこらしてくれたおかげで、Prose の売り上げは最近また伸びてきていた。
(私にはここがある)
店が以前にも増して活気があることが、アナにとって何よりの救いだった。
でもあの日以来、アナは公園に近づけなくなった。
***
「おねえちゃん、近々こっちに来れない?」
「どうしたの? ママの具合が悪いの?」
「んー、そっちは一進一退なんだけど。なんかね、ママがお姉ちゃんに渡したいものがあるんだって」
「渡したいもの?」
「うん。あと先日、誰か知らないけど珍しい人が訪ねてきたって言ってた」
「珍しい人?」
「うん。なんかとにかく、話したそうだから、都合ついたらこっちに来て?」
「わかった。いま新学期のセールで忙しいんだけど、なんとか時間を見つけるわ」
***
けれど、母とゆっくり話せる時間は2度と訪れなかった。
9月ももう終わりというある日、アナはProseで妹のエリカからメッセージを受け取った。
”ママがまた倒れた”
その日は店には、自分以外にはルナしかいなかった。
しかも彼女は正式な社員ですらない。
店の責任者として迷ったが、マリにもあとから店に来てもらうことにして、早々にアナは店を出て隣の州へと車を飛ばした。
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