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「穏やかな表情してるよね」
アナは棺の中で静かに微笑む母の顔を、食い入るように見つめていた。
アナが病院に着いたとき、母の意識はまだあった。
来てくれたのね、と母は言い、何かを探すようなそぶりを見せて、「箱、箱を」 と続けた。
箱?
母が静かに息を引き取ったのは、それからまもなくだった。
Viewingと呼ばれる集まりが行われ、綺麗に化粧を施されたアナとエリカの母は、生前好きだった小物や家族の写真などに囲まれて、棺の中で穏やかな表情で眠っていた。
「これでパパとまた一緒になれるね」
アナたちの父は、数年前に他界していた。
若かりしころの夫婦の家族写真には、まだ幼かったころのアナとエリカが、それぞれお気に入りのぬいぐるみを抱いて写っている。
次々に親族や友人たちが訪れては、彼女との最後の言葉を、心の中で交わしていく。
そのあとはCelebration of Lifeと呼ばれる、新たな形のお別れの儀式がとり行われた。
亡くなった人が生前愛したものや残したもの、写真などを会場に飾り、それを前に訪れた人が次々、その人とのかかわりや思い出を、遺族や友人たちと話していく。
そうして亡くなった人は、皆に惜しまれつつも、次の生へと、祝福されて送り出されていくのだ。
親族の一人と話していたエリカが、目の隅に、ある人の姿を捉えた。
その人は母のお棺の上に、見事な白い花束を置くと足早に去っていった。
「ちょっと待ってて」
話し相手にそう告げるとエリカは、慌ててその後を追う。
教会から駐車場に向かう長い下り坂の一本道を、遠い昔に見たことのある背中が遠ざかっていた。
「あの、」
エリカは走り出した。
「待って!」
その人はゆっくりとこちらに振り向いた。
「お姉ちゃんに会いに来たんでしょう?」
「いや、違うよ。君のママにお別れを言いに来ただけだ」
「ママに会ったことがあるの?」
「あるよ、何度かね」
「、、、そうなんだ、、、」
「この度はほんとうに残念だったね。でも彼女は君たちのような娘に恵まれて、幸せだったんじゃないかな」
「、、、」
「じゃあ、」 彼はまた歩き出そうとした。
「、、、、、、待って、アレックス!」
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