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満潮までの最後の2時間は、ヒナはスケッチをして過ごした。
作業を始めると、ヒナは没頭してしまって周囲のことなど目に入らなくなる。
自分の世界に入り込んでしまうのだ。
常にない真剣な顔をしているヒナの真横に座った徹は、
「これ、ヒナちゃん?」
と、ヒナを指さして呆気に取られた顔で言った。
「ヒナだけど」
「なんか別人なんだけど」
徹はヒナの頬をつんつんつつき出す。
その手を樹がバシッとはたき落とした。
「……触るな。ヒナは作業に入るといっつもこうなる」
「ふーん。真面目な顔してたら、……まあ、見れるかー」
じいっと、サングラスをずらしてまでマジマジと見つめる徹の姿に、樹はキレた。
「そんな間近で見んな! 近付くな!」
「いーじゃん。減るもんじゃなしー」
「減るんだよ。どけ」
樹は、正面から徹を足蹴にする。
「いってえーよ、いっちゃんっ」
オレにまでヤキモチってどんだけ狭量なのさー、とひっくり返りながら喚き立てる徹を放置して、樹はヒナの隣に座り直す。
「ヒナ、そろそろ満潮になる。もう帰る時間だよ」
小さく身体を揺するが、反応はない。
「ヒナ」
彼女の目は、自分を見ない。
ちりと胸の奥で、焼けるような音がした。
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