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「……行くの? ヒナ」
振り返り、縋るような色を眸に滲ませ自分を見つめる樹に、ヒナは言葉を失った。
普段は決して感情を表に出さない樹が、今、眸にも、表情にも、ヒナを離さないとばかりに掴む腕にも。
簡単に感じ取れるほどに、必死な想いだけが浮かんでいる。
言葉の裏に隠された『行かないで』というその想いだけは、隠そうとはしていなかった。
彼の双眸に浮かんだ激しいまでの焦燥と、ヒナを奪われるかも知れないという冷たい恐怖に、悲しくなる。涙が溢れそうになってしまう。
ヒナは唇を噛み締め、緩く首を振ることで、樹の問いに答えを返した。
余裕を無くした樹を宥めるように、泣き顔にも似た笑顔を浮かべて彼を見る。
そして、樹に分かってもらえるよう意識して、優しい声で言葉を紡いだ。
「大丈夫。私、いなくならないよ。どこにも行かない。徹さんが言った言葉、分かる。理解できる。でも、それでも、私は樹くんの傍にいる。いらないっていわれるまで……傍に、いたいよ……」
樹の顔がクシャリと歪む。驚きと安堵がない交ぜになったような表情で、でもすぐに、平静という名の仮面が樹の本心を隠してしまう。
ヒナはホッと息をつき、樹らしいと微苦笑を浮かべた。
「ルカちゃん、会えて嬉しかった。庇ってくれてありがとう。でも私、樹くんといる。ルカちゃんとは行かない。ごめんね」
否と答えたヒナに、ルカは意外そうに目を瞠った。
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